
アクセス
地下鉄でお越しの場合
地下鉄日比谷線入谷駅三ノ輪口4番出口から徒歩5分
JRでお越しの場合
山手線及び京浜東北線、鶯谷駅南口より徒歩10分
お車でお越しの場合
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首都高の高速道路入谷ランプを降ります。
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最初の信号(言問通り)を越えて、2つ目の信号を左に曲がります。
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そこから道なりにいくと、香味屋に到着します。
駐車場は、香味屋専用駐車場があり、4台停めることが出来ます。有料駐車場も道沿いにありますので、専用駐車場が一杯の時はご利用くださいませ。最寄りの駐車場情報はこちら

周辺施設のご紹介
下谷七福神は、下谷を冠していた旧下谷三の輪町、旧下谷金杉上町・下町、下谷竜泉寺町、下谷上根岸町付近にある七福神で、昭和52年に開創したといいます。 寿永寺の布袋尊、飛不動正宝院の恵比寿神、弁天院の朝日弁財天、法昌寺の毘沙門天、英信寺の三面大黒天、入谷鬼子母神真源寺の福禄寿、元三島神社の寿老神を参詣します。 徒歩で約2時間で参詣できます。また、東京メトロ日比谷線三ノ輪駅、JR山手線鶯谷駅に下谷七福神巡りのパンフレットをいただけます。
書道博物館は、洋画家であり書家でもあった中村不折(1866-1943)が、その半生40年あまりにわたり独力で蒐集した、中国及び日本の書道史上重要な資料を有する専門博物館です。 昭和11年に開館以来、約60年にわたり中村家の手で維持・保存されてきましたが、平成7年、台東区に寄贈され、平成12年に再開館したのが現在の台東区立書道博物館です。
正宝院は享禄3年(1530)の創建といわれ、「飛不動」の通称で知られています。 古くから病魔や災難を「飛ばして」くれると人々に信仰されていたと伝えられていますが、近年では航空安全の守護神として有名になり、空の安全や飛行道中安泰を祈願する参拝客が多く訪れます。
子規庵の建物は、旧前田侯の下屋敷の御家人用二軒長屋といわれています。 明治27年子規はこの地に移り、故郷松山より母と妹を呼び寄せ、子規庵を病室兼書斎と句会歌会の場として、多くの友人、門弟に支えられながら俳句や短歌の革新に邁進しました。 子規没後も、子規庵には母と妹が住み、句会、歌会の世話をつづけましたが老朽化と大正12年の関東大震災の影響により 昭和元年に解体、旧材による重修工事を行いました。 昭和2年、母八重(83歳)没。同年7月子規の遺品や遺墨等を保管するため土蔵(子規文庫)建設に着工。昭和3年、子規門弟を中心 とする子規庵維持保存会が財団法人子規庵保存会として認可され、初代理事長には正岡律が就任いたしました。 昭和16年妹律(71歳)没後、同20年4月14日の空襲により子規庵は焼失。幸い土蔵は残り貴重な遺品が後世に残されました。現在の子規庵は昭和25年高弟、寒川鼠骨等の努力で再建され、同27年東京都文化史蹟に指定されて現在に至っております。
元三島神社は、台東区根岸にある神社です。元三島神社は、元寇の弘安の役の際に河野通有が伊予国大三島神社に必勝祈願した後、当地に分霊を勧請して創建したと伝えられます。 宝永7年(1710)浅草小揚町へ遷座(寿三島神社)することになったものの、地元氏子の協議により当地にあった熊野社と合祀して元三島社と称したといいます。 旧金杉村(台東区根岸、東日暮里)の鎮守で、下谷七福神のひとつ寿老神が祀られています。
小野照崎神社は足利学校の創始者であり、平安初期の学者・詩人としても有名な小野篁を主祭神とし、相殿に菅原道真を祀る神社です。 852年(仁寿2年)この地の住民が上野照崎の地に小野篁を奉斎したのが起源といわれます。 江戸二十五天神の一つに数えられ、樋口一葉の「たけくらべ」に「小野照さま」の名で出ています。
名作「たけくらべ」の舞台となった龍泉寺町の人々は、一葉の文学業績を永く後世に遺すべく、有志により「一葉協賛会」を結成しました。 昭和24年には戦災で失った「一葉記念碑」を再建し、続いて昭和26年には一葉記念公園に「一葉女史たけくらべ記念碑」を建設、さらに昭和35年には一葉の旧居跡に「一葉旧居跡碑」を建立しました。 協賛会は、残る大事業として記念館建設を目指し、有志会員の積立金をもとに現在の用地を買収し、台東区に寄付して記念館建設を要請しました。 台東区は、こうした地元住民の熱意に応えて、記念館建設を決定し、昭和36年5月11日に開館に至ったのです。当時、女流作家の単独資料館としてはわが国で初めてのものでした。
鬼子母神は鬼神般闍迦(はんしか)の妻でインド仏教上の女神のひとりであり性質凶暴で子供を奪い取っては食べてしまう悪心であったが釈迦は鬼子母神の末子を隠し、子を失う悲しみを実感させ改心させたという。 以後、「小児の神」として児女を守る善神となり、安産・子育の守護神として信仰されるようになった。 入谷鬼子母神では、子育の善神になったという由来からつののない「鬼」の字を使っている。 また7月上旬、境内及び門前の道路沿いでは「朝顔市」でにぎわう。入谷名物となったのは明治に入ってからで、十数件の植木屋が朝顔を造り、鑑賞させたのがはじまりといわれる。